わたしにしかわからないもの
岩井 愛
幕張中学校初の女性応援団長
ドクンドクン…
どんよりと曇った空の下、聞こえてくるのは自分の心臓の音だけである。緊張のせいなのか、いつもより鼓動が大きく聞こえる。
ふと前を見ると得点発表の係りの人が立っている。口が開いた。
「―――得点を発表します 」
さらに鼓動が高鳴った。口から心臓が飛び出すって、こんな感じなんだ・・
今にも雨の降りそうな空をじっと見ていると、その空に、優勝という文字が吸い取られていってしまうような感じがした。そんな気持ちを振り払おうと、3週間前のことを思い出していた。
5月8日。
体育祭色別会議で紅組は体育館に集まった。
話し合いは進み、応援団決めまできていた。
前々から応援団に入ろうと思っていたし、友達も入ると言っていたので、友達と一緒に前に出た。
自己紹介をした。
「3年2組の岩井です。がんばりたいと思います。」
みんなと同じような自己紹介だった。
みんなと一緒に礼をして元の席に戻った。
また昨年と同じか、そう思っていた私に大変なことが起きた。
私が団長になったのである。
しかし、さほど驚きはしなかった。
心のどこかで、団長がいないなら私が・・という気持ちがあったからである。
練習は来週から。
全校生徒の前で私は紹介された。
順調なペースで練習は進んでいった。
しかし、思わぬ落とし穴が存在していた。自分の入院である。
これにより、青、白よりもずいぶん遅れをとってしまった。
練習に復帰したのは体育祭のわずか5日前。
ものすごく遅れてしまったが、仲間の協力もあり、なんとか挽回できた。
待ちに待った体育祭、のはずが雨で中止となり、29日に延びた。
当日は朝早く登校し準備を手伝った。
練習も全て通しでやった。
声の出来は最高だった。
体育祭が始まった。
一度も練習していない行進も、一度だけしか練習していない開会式もきちんとできた。
応援のほうも、午前、午後と順調である。
3週間という練習の成果もあり、最高の応援合戦だった。
そして今、閉会式が行われ、フィナーレとなる得点発表が行われている。
まずは3ケタのうち、1のケタが入れられた。これじゃあ、まだ何もわからない。
次に10のケタが入れられ、ザワついた声が聞こえてきた。
ため息、喜びの声。私は一言もしゃべらず、100のケタを待った。
100ケタ目が入った。
一瞬、ざわめきが消えたと思ったら、一気に歓喜の声にグラウンドが包まれた。
優勝。優勝したのだ。
私は少し信じられず、驚きすぎて素直に喜べなかった。
しかし、なぜか涙が出てきた。
優勝旗をもらった時、本当に優勝を実感した。
優勝旗を開会式でも閉会式でも持てるなんて。重みの中に喜びを感じた。
もう2度とこんな大勢の前で大声で叫ぶことはないだろうし、こんな大勢の人の目を一心に受けることはないだろう。しかし、1度だけでも団長という役になった人にしかわからない、この大きな幸福感は2度と忘れることはないだろう。
みんなの拍手と歓喜の声に、今度は私が包まれながら優勝旗を手にしっかりと持ち、朝礼台からゆっくりと下りていった。
2001、5、30、