母と読んだ『ハッピーバースデー』
岩井 愛
「おもしろいから、借りなよー」
Nの声が部屋にひびいた。
「いらない」
おもしろそうでもないし、読む時間なんてない。
そう思って私は断った。
「ちぇ、おもしろいのになぁ。借りるよ、普通」
少し怒りながらNは本をしまおうとした。
その時、母が
「おもしろそうだから置いといて。私が読むから」
と言って、母がNから本を借りた。それが『ハッピーバースデー』との出会いだった。
数日後、手つかずのままの『ハッピーバースデー』を少しずつ読み出した。
部活があったことから、本当に少しずつしか読めなくて、1週間過ぎてもおもしろいとは別に思わなかった。
「おもしろいのかなぁ。もしかして、だまされたのかなぁ」
私はNの言ったことを疑いはじめていた。
借りてからずいぶんたった日、少し熱があるので学校を休んだ。
心の中で「あの本、読めるかも…」と思っていた。
テレビやビデオばかり見ていて、なんだかあきてきたので、あの本を読み出した。
途中からだと訳が判らなくなるので、また初めから読み出すことにした。
なんだ、いじめの話か。よくある話だ。そう思いながら軽い気持ちで、この本を読んでいた。しかし、想像以上だった。主人公の感じたこと、そして行動などをみていると、見習わなければと思うシーンがたくさんあったし、おじいちゃんの主人公への優しい言葉には何度も感動した。
特に「怒るときは、思いっきり怒れ。悲しいときは、思いっきり泣け。がまんなんかするな」
この言葉に共感を持ち感動した。誰にでもいいから、こんな言葉をかけてもたえたら、どんなにうれしいだろう、と思った。
この主人公の優しさ、そしてこの主人公が変わるとともに、周りの人も変わっていく…。これまでにはない物語だった。半分ぐらいからだんだんドキドキしてきて、読み終わった後もドキドキ感は残っていた。読み終えた後、ものすごくすがすがしい気持ちになった。
初めはなんて単純な物語なんだろう。いじめなんて、たくさんあるじゃないか。なにがおもしろいのだ、と思っていた。読み終わった後は、そういう考えを少し後悔した。
一度読んだものを、もう一度読むというのは、あらすじが判っていておもしろくない。しかし、一人で読んだ二日後に母と一緒にこの本を読んだ。二人で読むのは、また違う楽しみが感じられた。
私は一度読んだので、あまり関心は持たなかった。しかし、半分ぐらいにくるとおもしろい場面なのだが、一緒に読んでいた母は泣いていた。母がこんなに泣くのは、ドラマや映画の時ぐらいなのに、なぜと思った。私も感動はした。じわっときたけれど、こんなには泣かなかった。その理由を母に聞いてみた。
すると
「子どもが読むのと、大人が読むのでは感じることが違う。特に大人は、もし自分の子どもがこんなふうだったらと置き換えて読んでしまうので、よけい涙が出てくる」
と言っていた。
「あなたも大人になって子どもができたら、もう一度読みなさい。また違う感動が味わえるから」
とも言っていた。
そうなのかと思い、大人になったら『ハッピーバースデー』を買おうと決心した。
この『ハッピーバースデー』は初めに書いたように、Nに借りた本なので返さなければならなかった。そして、本を返す時がきた。私はこの本を読んで感動したことは絶対忘れないようにしたい。そして私が大人になったら、また読んでみたい。そして自分の子どもにも読んであげたいと思った。
私が今まで読んだ本の中で一番感動した本、それは『ハッピーバースデー』だ。