2023年が穏やかな年になりますように

 

夕日が沈む様子

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燃える日の出を迎えた

 

 1月5日 木曜日 快晴

ウクライナでは戦火が止まず、北朝鮮は独り花火を打ち上げ続け、韓国も核武装を視野に入れ、日本の政治情勢もキナ臭い雰囲気が日ごとに増しているように感じられるが、私の家庭では2023年は穏やかな年明けだった。

 

屋外, フェンス, 人, 男 が含まれている画像

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日の出を迎える静かな時

 

幕張の隣り村の長作に住んでいる妻の友だちから、長作諏訪神社の高台からの日の出が素晴らしい、という写真付きメールが届いたので、日の出時刻を調べて諏訪神社に出かけた。田んぼ道を歩いて諏訪神社に着いたのは6時45分だった。日の出は6時51分となっていたのでギリギリセーフだった。神社の展望台に上がると、凍てつく大地には白い霜が降りており、吐く息は白かった。手の指はかじかみ、気温は1℃だった。東の空に浮かんだ小さな雲が太陽の光を浴びて輝き出した。

 

夕日が沈む様子

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徐々に太陽が上ってきた

 

6時57分頃から太陽が頭を出し始めた。徐々に徐々に丸みを帯びた太陽が上がってきた。その全体が現れるまでの約1分間が万物創世の母なる太陽の天体ショーだった。太陽の光はますます強くなり、暗かった空の色も青さが広がっていった。太陽の光を受けてヒヨドリをはじめとした野鳥たちが元気に騒ぎ出した。

 

カラフルな家

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長作村の諏訪神社

 

太陽は実にありがたい。太陽があることが当たり前だと思うから、気にもとめないけれども、「太陽と北風」の話しにあるように、太陽は実にありがたい暖かい存在だと実感する。普段は気にしないことでも、実はとても大切なことがある、ということを教えてくれたのはサン・テグジュペリの『星の王子さま』だった。眼に見えない大切なものを感じることは、なかなか難しいことである。私はまだまだ未熟者だが、眼に見えない大切なものについて、日々考えていかなければならないと思う。日の出を拝んだので、諏訪神社にお参りしてから、明るくなった田んぼ道を引き返した。

 

海の向こうに見える太陽

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船橋三番瀬の真昼の太陽

 

家に戻って朝食を済ませると、休む間もなく船橋三番瀬に海鳥を観に出かけた。海浜幕張駅で乗った電車は、いつもより遅いので空いていて座ることができた。下車した二俣新町駅前のコンビニで500ミリリットルのビールを2本買った。店の前のベンチで60代と思われるおばさんがふたり、ぐでんぐでんに酔いながら缶チューハイを飲んでいた。通りすがりに話す声が聞こえてきたが、メロメロで何を言っているのか分からない状態だった。辛く厳しいことがあるのだろうが、正月早々大変だなと思った。

 

鳥の群れ

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干潟はハマシギだらけだった

 

三番瀬に10時半に着いた。西の方を眺めると雪を被った富士山がすっきり聳えていた。今日も富士山に出会えて嬉しい。干潟のバードウォッチャーを数えると7人だった。双眼鏡で東堤防側から西堤防側までの干潟を確認すると、西側にミヤコドリやカモメがおり、東側にはハマシギなどの小さな鳥が確認できた。私も長靴を履いて東側から観察と撮影を始めた。相変わらずハマシギの数が多いというよりもハマシギだらけといった方が適切かもしれない。それに混じってシロチドリが目立った。ダイゼンがいるのも確認できた。今の時季は春や秋の渡りの時季と違って冬鳥しかいないので鳥の種類が少ない。

 

砂の上に立っている鳥

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獲物を探すシロチドリ

 

天気予報通り12時近くになると風が強くなってきた。干潟は遮るものもなく吹きさらしである。潮が満ちてきたので11時40分に観察と撮影を終えた。今日の観察と撮影は東堤防から西堤防まで1往復しただけの約1時間の短いものだった。観察と撮影を中止したあとは、いつものように草はらにレジャーシートを広げ、白銀の富士山を眺めながら今年初めての野外宴会である。今日出会えたのは、ミヤコドリ、ハマシギ、シロチドリ、ダイゼン、ユリカモメと少なかった。

 

港に停泊している船

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白銀の富士をツマミに一杯

 

吹き渡っている風の音だけが耳に届く静かな時間が過ぎていく。目の前には太陽に照らされた青い海が広がり、キラキラ反射する波の形が見える。無風状態の鏡のような海もいいのだが、風に波立つ海も素晴らしい輝きを見せている。風によって波が立ち、あたかも川の流れのように海が流れているように見える。こういう不思議な景色も実に素晴らしいと感じる。遠くにタンカーが行き交っているのを見ながら、快い酔いが回ってくるのを感じながらまどろんだ。

 

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